高額アルバイトの穴
私の制作は大人になってからはじまります。
30代の半ば頃、自分自身のアイデンティティを根こそぎ引きちぎられる事態に陥り、生きていく上で私はこれを打破しなければならなくなりました。
どうしたら立て直せるかどうしたら自分を取り戻せるか、必死で突破口となるアイテムを探し始めます。
その時に偶然手にしたのがピンホールカメラと、そして八重山諸島でした。

八重山諸島は日本の南、沖縄列島の更に南で、台湾に近い場所に位置しています。
日本でありながらその気候は東京近郊とはまったく違い、冬でもハイビスカスやブーゲンビリア等の花々が咲き、蝶は飛び、光に溢れ海はきれいなブルーで冬でも日焼けします。
首都圏とは違い、時間がゆったり流れている、そんな印象を受ける島です。

偶然手にしたピンホールカメラは、初めから意図しない以上のもの(例えば、感情が光になって現れたり)を捉えることができました。
私の撮影方法は正しいフィルムやカメラの使い方は一切していなくて自己流ですが、それでもピンホールカメラは最高の時間を収めてくれます。
アイテムを探していた私は、旅の友に必ずピンホールカメラとフィルムを持って歩いたのです。

撮影は一人で行っています。
出来るだけ自分自身の感覚だけをその場に置いておきたいからです。
多くの場合、三脚を据えピンホールカメラを固定し、自分でシャッター部分を開いてから所定の位置まで走っていき、30秒から1分ほど同じ姿勢を保ちます。(時には、自然のままに動くこともあります)
いいなと思った時間が経つとまた走ってカメラまで戻りシャッターを閉じる。
この30秒から1分くらいの時間は私にとってかけがえのない愛おしい時間です。
私は単に姿や風景をおさめているのではなく、その時の風や光、自分自身の感情、周りの木々や自然、空気までも捉えようとしています。
全ては二度とやって来ない、一期一会です。
その時、自分自身がどれだけ自然と心を合わせられるか。
素の本来の自分自身の無垢な魂と繋がれるか。

自然は教えてくれます。
言葉は発さないけれど、その生き様から様々なことを伝えてくれます。
例えば木。
生まれ育った場所で生涯過ごします。
どんなに嵐がこようと枝が折れようと、痛んでは再生し、時期がくれば実を付け葉を落とす。
また時期がくれば青葉を茂らせ枝を伸ばす。
時がくれば朽ちていく。
この淡々とした姿に私は憧れます。
日々起こる出来事、そこに文句もジャッジもないのです。ただあることを受けとめる。
うまく生きる方法なんてないんです。
ただそのことを繰り返す。
私はこの尊さにいつしか気付いたのです。

人間ほどごちゃごちゃ生きている生き物もないと思います。
いえ、それが人間の学びなのですが、それも認めつつしかしもっと単純に生きたい。
一つ一つに意味を置くのではなくシンプルに生きる為に植物を見習おうと思ったのです。
八重山諸島は幸いまだ多くの部分が手つかずのままです。
人間よりも自然が勝っているこの地は、多くのスピリットが生きています。
はじめはそんなことは知らず、ただ導かれていました。
現在は八重山諸島のみならず海外でも自然との共鳴を試みています。
フィールドは導かれるままです。

作り出した絵ではなく、体験した本当の出来事である、それが私の作品には必要不可欠なことです。
私が体験していることでなければ意味がないのです。

人は誰しも他者と同じ人生は歩めませんし、限られた経験しかできません。
しかし、その中でもこれら作品に接し、対峙して下さった方々の経験や体験が記憶となって呼び覚まされたり、潜在意識に埋没していた感覚が表層まで上がり意識で認識されたりしたならばそれは嬉しいことだなと思うのです。
そういった共感・共有が私は望ましいと思っています。

ピンホールカメラはファインダーはなく、針先のような小さな穴から光を取り込みます。
ですので撮影時、一般的なカメラのようにファインダーを覗きません。
私はいつもその場全てを見ています。
撮影している時も、その場の全てを見て感じています。

私は最近オーロラに心奪われています。
初めて見た時はその圧倒的な動きに手の届かない大いなる現象にただただ涙するだけでした。
地球があり、その活動があるからこそ私たち生命がある。
宇宙があるからこそ素晴らしい現象を目にすることができる。
オーロラについて知識を深める度に惑星に生きているのだということを強く認識させられます。
今ここに生あることに感謝し、その気持ちを作品に取り込めたならと思っています。

自然があるから生きていけるのです。


                          一適庸子
                       2013年12月





出会ってからの数年間は必死に島にすがりつきました。
相手は自然なのでどれも声はかけてきませんが、私はあの人達(自然達)に囲まれた中で生命力を回復していったのです。
無言の見守りは本当に強烈。
時々おしゃべり(一方的)しながら、時に遊ばれながら(不思議な出来事はたくさん)それでも恋こがれる相手にすり寄っていくように、何度も何度も繰り返し訪れました。
多いときは一年に5回。今まで(2012年春現在)の訪問日数は約5年半で154日を数えました。

私は多くのことを誰にも話せずにきました。
家族は事の次第を知っていましたが、それより深く知ろうとはしませんでした。私も話そうとは思いませんでした。
ですので、この行為はただの道楽と映っているようです。
しかしどんなに批判されようとも私にはこの行為が必要でした。
トリップを何度も試みながら自分自身を立て直せたこと、これだけ自然と親しくなれたことは誇りです。

生活している場所は人間が勝っています。
コンクリートの建物や整備された土地、動植物とちっとも共生していない、人間絶対優位の地。
しかし八重山諸島は自然が勝っているのです。(住宅密集地は別)
自然が勝っているところは場が違います。
だから私はそこに行くのです。
だから導かれたし惹かれたのです。

普通の撮影をする人に比べると私の撮影方法では一度に多く撮ることは出来ません。
作品になるものは私と自然が一致した瞬間のものです。
全部を一人でやっていますし、「これには捨て(写真)がないのね」とおっしゃった方がいましたが正しく毎回一球入魂。
その一球入魂に自然との一致という出会いがあるこれらは、全て愛の作品だと思っています。

同じ場所で撮影することは多いですが、その場所が一度として同じ状態だったことはありません。
自然災害や生長などによって日々変化しています。
そのようなことからも一期一会の気持ちで対峙しています。

これは一つのシリーズと捉えられるかもしれませんが、私は私の為にやっていることなので、続く人生、それにシリーズという括りは存在しません。
無駄に着込んでしまった襦袢を一枚ずつ脱ぎ捨て軽くなってシンプルに生きたい。蛇のように脱皮を繰り返します。
それは延々と続いてきた『魂』の作業であるのでエンドレスです。
最も根底には自分はこれでいいんだという何か証拠が欲しかったのかもしれないです。
こういった形で『出す』という作業は、私にとってとても重要なもので、頭でっかちで制限いっぱいだった自分が自然に解き放たれる場所と出会って、無邪気さを思い出し、もう、解放というよりは、笑いたい時に笑い、興味のあるものには脇目もふらず食いつく。
誰にどうみられるなんて体裁はどこにもない、まっさらな子どもの感覚です。
常に子どもの感覚全開です。
これがあの頃からの私には一番大切で必要だった事柄だったのです。
それもある程度経験してきて、私の成長過程の道上に燦然と輝くものであって、けれど絶対的にこれで何かを訴える等そういう類いではないので、私の速度で進行する学びの表れ、ただそれを自己完結ではなく、作品という形に独立させ他者に晒すことで手放し昇華していく、その行為も必要だったので(結果として)こうしているだけなのです。

                        2012年個展時より抜粋


※全ての作品は加工、多重露光などしておりません。
※フィルムで撮影し銀塩プリントで作品としています。





ピンホールカメラはただの穴です。風や光はダイレクトにフィルムに触れます。
その場の全てを私と一緒にカメラもフィルムも感じているのです。